「自分を褒める」の答え

言語化出来ず意味も理解出来なかった「自分を褒める」の意味が今ようやく分かった

「自分を褒める」とはつまり自分が自分を評することではない

自分を褒めるとは自分のわだかまりを失くすことであり

制限を取っ払うことであり

ルールを変えることであり

認めることであり

拒否することであり

考えることであり

考えないことであり

自分を受け入れることである

 

自己受容

これこそが自分を褒めることの本質である

ブログ記事を書いて意味の分からない自分でも解読不能なポエムを綴る気色悪い行為やそれらを

一切を咎めず責めず否定せず心の底からそれが良いしそれで良い

そう思えることこそが「自分を褒める」即ち自己受容の本質であり正体である

そう、普通ならそんなのは否定する

否定の格好の的と言えるそんなふざけた行為

それを自分で認めてやること

それがいいしそれでいいと

それこそが最大の自分を褒めるという行為に他ならない

結局そうなのだ

自分のやりたくないことをやって褒められても何が嬉しいのか結局分からない

他人のケツを拭いてすごいですねとか素晴らしいですねなんて言われてもその表情は強張る以外にどこにもやり場なんてないのだ

俺は自分のやりたいことをやりたいようにやること以外に嬉しさなどない

気持ちの悪い意味不明なポエムを気持ち悪く書き綴ること以上に気持ちいいことなんてないんだよ

それが一番最高なんだ

それでいいしそれがいい

だからそれが自分を褒めるの正体

つまり気持ち悪い人間になれってこと

それが人生の答え

そしてそれに酔えってこと

それが最大の娯楽

くだらないゴミコンテンツをやりたくもないのに見たくもないのに読みたくもないのに読む必要なんて無いってこと

意味のない人間関係ややりたくもないことの連続に意味も価値も何一つ存在などしない

それが孤高の日々ってことなんだよ

孤高で良かった

孤高が良かった

孤高こそが正解だった

孤高に自分が自分を認めて受け入れることこそが最大の幸福だったっていう皮肉な答え

なんつーことだよ

そういうことかよ

それでいいのかよ

それがいいしそれでいい

そういうことかよ

さぁ行こう

この気持ちの悪い駄文を俺は受け入れ認めなきゃいけない

それが自分を褒めることだからだ

この無意味なゴミの何の価値のないクソゴミ文章を人格を人生を能力を才能を俺は全部全部全部全てをオールOKノンストップレディGOとグリーンシグナルをけたたましく照らし散らさねばならない

それでいいしそれがいいと俺は俺に喚き続けなきゃいけない

お前すごいよ素晴らしいよって俺みたいなゴミに俺自身が言い続けなきゃならない

止まんな進め立ち止まるなと決して赤信号なんて出さずアクセル全開で文章をひたすら構築させて俺は俺を自分自身が自分自身だけをひたすら、そうひたすら延々と延々に肯定し続けなきゃならないんだ

 

それが自分を褒めるってことの正体だからだ答えだからだ真理だからだ

そしてそれを俺は理解しちまったからだ

 

俺はすげえ

俺だけがこの答えに気づいちまったよ

他の馬鹿どもにゃ到底辿り着けない真理に俺だけが辿り着いちまったよ

そりゃ俺しかこれない境地だ

現在俺しかいない境地だ

つまり今は孤高だ

今この地点には俺しか辿り着けてない

他の奴らは余裕の周回遅れさ

未だスタートすら出来ていない白痴の集合体だ

俺だけがトップ

俺だけのトップ

俺だけの孤高

無意味な孤高

それが最高だ

それでいいしそれがいい

俺は自由だ

自由な闘将だ