私の仕事と社会に対する考え方

私は仕事を極力協力しない

いわば私の仕事とは野球選手や麻雀や将棋の棋士とすごく似通ったシステムで顧客と自分の1対1の商売であるからだ

そこでのパフォーマンスでのみ対価が発生し会社から報酬が支払われるので面倒なしがらみとか関わりが全く存在しない

話したくない同僚とは一切会話をしなくてもよいし私は挨拶すらしない

一度見限ったゴミはゴミを見る目でしか対応しない

そうなった理由は必ず向こうにそれだけの落ち度が一度や二度どころではなくあるからだ

要は人としてダメなゴミ

だから俺の中での評価はダダ下がり挨拶すらされなくなってしまうのだ

ただただそれだけの話だ

それが良いとか悪いとかは別にして私はそう言った人間関係しか構築しないし出来ない

いいものはいいし悪いものは悪い

何でもかんでも白黒をつけて極端なことをやっている

だがそれで何の実害もなくこうして無事にストレスなく働けているのだから面白い

私は絶対に自分が正しい正義だと思っている

だから他人と関わる際に行うことに一切の躊躇がない

ここでやったらこの人との関係が悪化するかもなどとは考えない

仮に思ったとしてもそこでブレーキなんて踏むことはない

それは何故なら自分が関係が切れて困る人などこの世には唯の1人も存在しないからである

つまり誰と切れても困らないなら自分の考えと正義を押し通すよねというだけの話なのだ

いわばノーガード戦法が私の得意戦術だ

俺は損して構いませんがお前はどうだ?という交渉しかしない

常にこちら側にアドバンテージの在り続ける交渉

他人と協力など一切しないスタンドプレーでのみ結果を出し続けている

勿論それが許される業種で無ければ上手くいかないが私は個人技のみで結果が上手く出せている

そして自由であり時間に縛られず自分のやりたいようにやっている

だからこそ今の仕事を苦なく続けられているしワガママに生きていられる

そしてそれを実現するには実力をつけるしかない

そして実力以外でも判断の良さと他人に流されない意志が必要だ

更に正しい判断ができる頭の良さも求められるし目まぐるしく変わる環境の変化に対応できる対応力も重要だ

つまり有能が有能な生き方をしているという話

どれだけどこまでも合理的に生きるかが重要

非合理的なんてのはただの馬鹿のやることだ

俺のような有能がやることじゃないしすることでもない

無能は無能らしく

有能は有能らしく生きることが唯一の正解なんだ

要は4番打者は打って打って打ちまくるのが正解で打てない奴はさっさとクビになって消えるのが正解なだけの話

それが1番の合理的な生き方だろう