今読んでる漫画でも色々な題材でも民主主義のなんたるが出てくる
その度に思う
無駄だなと
なぜ大勢のバカの意見や意思を反映せねばならないかが不可解でしかない
結局民主主義とは多数決の何かに成り果てた欠陥思想ではないかと
そうとしか思えない
なぜこうも民主主義を崇めるのかが俺には理解不能だ
本当に民主主義が意味があって価値があるのならなぜ国家という枠組みだけでなく会社や学校、或いは家庭で民主主義は決して採用されないのか
俺は30年以上生きてきて国や社会以外で民主主義を採用しているのを見たことがない
なのに国単位となると途端に民主主義になる
意味が分からない
ではまず逆に考えよう
なぜ組織において民主主義は反映されないかを
それはまとまらないからだ
Aという意見がありBという意見がありCやDや他にも様々な考えもある、では何をすべきでしょうかという問いに民主主義は多数決でしか答えられないからだ
例えば人口の1%の医師がこうした方がいいという考えがあるが残りの大多数の人間がよく分からない民間療法を推した場合に医師の意見が蔑ろになる
それが民主主義だ
大多数のバカの意見は1人の専門家に正当性で上回ることは決してない
群れに答えなどない、唯一人だけが答えに辿り着ける
だから私は気づいたのだ
馬鹿と関わるだけ損だなと
民主主義であれ独裁制であれ何であれ
どんな社会でも馬鹿とはただのお荷物以外の何物でもないことに私は気づいた
特に害悪なのが言うことを聞かない馬鹿である
こういう馬鹿とは俺は一切関わりを持ちたくない
だから私は馬鹿とは関わらない
馬鹿と関わることは無意味や無駄に劣る大損でしかない
関わるのなら優秀な者だけに絞った方がいい
そしてその優秀な存在も自分より劣れば切ってもいい
頭数は少ない方がいい
人数が増えればそれだけ考え方や方向性が数の分だけ違ってくる
故に結局1人が最強ってこと
1番いいのはコピーロボットで自分を複数人用意できるのが1番いい
そうなったら倍の効率で高め合える
勝手に1人で進化していく
俺は1人だったからXにいけた
1人だったから思考がブレずに高みにいけたのだ
1人以外はただの雑魚
複数で群れる者は民主主義思想の欠陥品
天才は常に馬鹿に足を引っ張られる
バカの物差しで天才は測れない