日本の学校教育とは天才を殺しバカを潰す

教育に限ったことではなく

この世のありとあらゆる全てがもうそうで

もうそういう構造に成り立っちゃっているのだから仕方がない

それ以上もなく以下もないただそれだけの話

 

どうも久々のブログです

書いている場合でも無いのだが

書かずにはなんか居られなくなっていて

もう私の人生なんてものはおおよそが無駄で無意味なのだから

ならもういっそ無駄の付け足しで無駄で無意味を書いちまおうとそう思った次第なのであります

タイトルにもある通りこの国はありとあらゆるもので天才を殺し無能を潰している

じゃあ一体何を量産しているのか?排出しているのかと問われたら

このタイトルの文の後に続く言葉は

「日本の学校教育とは天才を殺しバカを潰し

使い物にならないただのクソとクズのみを量産している」

とこの後に続くのであります

1億総無能社会

 

どうにもならないクソがいて

どうにもならないクズがいる

 

以前にも物申したようにこの世は性悪説でもなく性善説でもなく性クソ説だけがただの真実だった

そういう事であります

 

ただ俺のこの穿った見方や視点が俺自身も正しいとは微塵も思ってなくて

じゃあなんで正しいと思っていないのにそんなことを述べるのかと問われたら

「それが一番正解に近いから」

と答えるのです

結局俺の言うようなクズやゴミにも場面場面で有能だったり正しさを持つことはあるが

それが全てに当てはまることは適わない

例えるなら道端のゴミを拾う人も子供を虐待することもあるみたいな話で

常々良いことや正しいことを貫く人間、貫ける超人なんかほぼないも同然だよねという話なのであります

まぁ要はそれがつまり「球穢れなく道険し」という一言に全て意味が要約されている訳でありましてやはりこの言葉は全てであり真実な訳であります

要は今、新たなイデオロギーの岐路に我々という生命は立たされているのだと感じているのですが

その都度何が正解で何が正しいかなんて合理的な人間にもましてや高性能なAIにさえ正解に導くことは不可能な訳で

要するにこれは一人一人の自分自身への課題でしかなくそれを克服できるかどうかのせめぎ合いでしかない訳です

 

自分の敵は自分であり

他人とはただの物質であり障害物でしかない

である場合

自分がやるべきこととはなんぞや

基本的には老子が正しい正論を述べているが

「人生なんざ無意味なんだから何もすんな無理すんな自然でいろ」

というこの言葉は正論であり正しいがそうじゃない

俺は

人生は自身を鍛えて動いて足掻いて最後は燃え尽きて死ぬものだと思う

老荘は正論でもただ正論なだけで正しいだけ

俺は

キレている

ただひたすらにキレ続けている

この世の不条理とかバカ共含め何もかもにキレ散らかしている

無意味にね

 

この国は終わっているし俺の人生もまた終わっている

そして始まることなど端からありえない

金があっても何があっても俺の人生が始まることなどない

所有に意味などない

 

人生とはどこまでいってもクソ以下のゴミでしかない

金で幸福は買えないし

金で人生は良くならない

そして人生に意味と価値はない

虚無主義じゃなくこれはただの事実であり真実である